環境リスク論は「不安の海の羅針盤」か?(2)
2007-01-25


さらに、岸本の示した4つのジレンマは、予防原則に限定される問題ではないことも指摘しておきたい。リスク便益分析法はコスト便益分析の一種であることは「ハンドブック」5)も認めていることであるが、そのコスト便益分析法の失敗事例がある。次節で詳しく述べるが、1970年代のアメリカで厳しい自動車排ガス規制を目指したマスキー法がコスト便益分析の結果から廃案となった。そのアメリカ車が、日本版マスキー法の厳しい基準をクリアするために技術開発に励み、その副産物として低燃費となった日本車に敗北した。この事例は、コスト便益分析の不確かさ、既存の常識や枠組みにとらわれて保守的な結論を導きがちであり、想定外の事態に対応出来ない致命的な欠点があることを示している。追加的な費用がかかってしまう可能性はリスク手法側にもあるのである。また、予防原則が新たなリスクを引き起こすという指摘は、予防原則手法を矮小化している。水道水による感染症リスクを見落とすかどうかは予防原則固有の問題ではない。また、ホルミシスの存在については、原発や放射線利用推進側の宣伝材料に使われてはいるが、科学的に実証されているとは言い難い。このような不確かな現象についてリスク評価したからといって、より科学的になるわけではないから、予防原則が低用量の便益を見落とす可能性があるとの指摘は適切ではない。最後の指摘については、研究投資して化学物質の使用を禁止しなかった場合のリスクについてふれていないこと、予防原則を適用したからといって研究投資をしないわけではなく、まずとりあえずは使用禁止にして、安全性が証明されたら使用を再開すればよいわけだから、岸本の指摘は不適切である。
                                    (つづく)

戻る
[環境リスク]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット