環境リスク論は「不安の海の羅針盤」か?(4)
2007-01-25


3) 「不確実性」を曲解する官僚答弁
 全国各地で地下水が汚染されている。とりわけ有機塩素化合物を中心とした発ガン性を有する揮発性有機化合物による汚染は深刻である。基準の数100倍〜10000倍もの濃度が検出されたとの報道が各地で頻発している。これらの報道には決まって行政機関担当者の「すぐに人体に被害が出ることはない」というコメントがついている。これまでのようなシアンや水銀などのような急性毒物であれば、基準を少しでも超過すれば操業停止を含む処分がなされ、一刻も早く汚染が止まるような施策が講じられた。しかし、リスク評価をベースとして基準が設定されるようになってからは、不確実性係数の存在を意識しているとしか思えない緩慢な対応が目立っている。
 清涼飲料やドリンク剤に添加されるアスコルビン酸(ビタミンC)と保存料の安息香酸が反応してベンゼンが生成してしまうという問題が明らかになり、日本消費者連盟が調査を開始している19)。その報告からこの問題に関する一つの事例を紹介しておきたい。FLPジャパンリミテッド社のアロエベラジュースから水道法基準超過のベンゼンが検出され、分析した長野県松本保健所、東京都港保健所から自主回収と製造販売の自粛を要請されたが同社はそれに応じていないという。この問題について厚生省は「特段の健康影響を生じることを意味しない」とコメントしているのである。

4) BSE牛対策のための全頭検査に関するリスクベネフィット分析について
 「環境リスク学」4)で中西が批判しているBSE牛対策のための全頭検査について整理しておきたい。まず中西の主張を簡単に要約すると以下のようになる。
 @イギリスでは75万頭のBSE牛が食べられて、最大661人死亡(2003年までに139人)。すなわち、食べられてしまったBSE牛1000頭あたりの死亡者が1人である。A一方、アメリカでは年間4000万頭の牛が屠殺され、そのうち100万頭が日本へ輸入されている。Bアメリカでの検査結果では、5.7万頭検査して1頭の感染牛が発見された。C95%信頼上限からアメリカでの感染牛は4000頭。すなわち、日本へ輸入される感染牛は100頭以下となる。D危険部位を除去して残留率10%なら100頭は実質10頭分(10頭当量)となる。Eすなわち、100年間食べ続けて死亡者は1人にしかならない。F100年間の全頭検査費用は2000億円。すなわち、死者1人を防ぐために2000億円は法外なハイコストであり、全頭検査はナンセンス。
 筆者は原典に当たっていないので、これらの推定の不確かさについて具体的に指摘することは出来ないが、@の推定計算にはかなりの不確実性が想像される。Bについても、1例だけのデータからの推定は統計学的に見て相当に乱暴である。Fに至っては、現在の年間全頭検査費用を単純に100倍しただけであろうが、無茶である。大量検査をルーチン化すれば検査コストはどんどん下がっていくことは通例である。豚や鶏への肉骨粉使用を未だに禁止していないアメリカの現状を改め、BSE牛が出ないような体制を確立するための過渡的な措置としての全頭検査であれば、100年間続くとして金額を過大に見せるのもおかしい。

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