環境リスク論は「不安の海の羅針盤」か?(4)
2007-01-25


これに対して、予防原則の立場に立って全頭検査は正しかったとする人々の見解を以下に紹介しておきたい。福岡20)は全頭検査が消費者を安心させるための単なるパフォーマンスとして行われたという言説をきっぱりと否定して、科学的な安全対策として適切なものであったとして、以下の理由を挙げている。@日本で発生したBSE感染牛の発生原因が不明である。なぜなら、14例中の2例が若齢感染(21ヶ月齢と23ヶ月齢)であり、イギリスではほとんどなかった現象である。A日本で発生したBSE牛の感染ルートや感染規模が不明であった。すなわち、肉骨粉禁止(1996年)以後に生まれた牛でも発生している。12例目は1999年、14例目は2000年、8,9例目は2001年秋以降である。B牛の年齢特定が難しく不確実。すなわち、一カ所で一貫した飼育が行われているケースは少なく、種付け、肥育、搾乳が分業化されているからである。C全頭検査をすれば、病原体の拡散や作業者への暴露を最小限に抑えることが出来る。全頭検査をやめて、どこかで知らないうちに感染牛が処理された場合は、交差汚染、誤ったリサイクル、作業者の被爆などを防ぐことが出来ない。
また、神田21)は米国では検査率が低く、特定危険部位(SRM)への対処の仕方についてのルール違反が頻発していること、反芻動物から反芻動物への肉骨粉投与だけが禁止されているだけであり、そのことすらも徹底していない現実があることを指摘している。山内21)は、アメリカでは特定危険部位が依然として肉骨粉の原料として利用されていることを指摘している。
山内22)は、BSE最小感染量に関するイギリス獣医学研究所の最新の論文を紹介して、牛では1mgないしはそれ以下でも感染するとしている。さらにマウスは牛に比べてプリオンに対する感受性が500倍も低いこと、すなわち種間差がきわめて大きいことがわかったとしている。また、感染ルートによって感染のしやすさが大きく異なっており、伝達性ミンク脳症をハムスターに感染させる実験では、経口と比べて舌の傷からの感染効率は10万倍も高いことがわかったとしている。このことはすなわち、BSE牛を食べたときに歯の疾患などで口腔内に何らかの傷があれば感染リスクは極めて高いものとなることを示しているのである。
横山ら23)は、末梢神経や副腎からもプリオンが検出されたとし、特定危険部位以外でもプリオンが存在することがわかってきたとしている。プリオン病原体説でノーベル賞を受賞したスタンリーB.プルシナーら24)は、アメリカでも全頭検査をするべきだと主張してきたが聞き入れられていないと述べ、一部の牛肉生産者の中には全頭検査を受け入れたいとしているものもいるが、農商務省が聞こうとしていないとも述べている。また、プリオン病には未解明な点が多く、アルツハイマー病やパーキンソン病との関係も疑われるふしがあり、異常型プリオンの摂取を絶つために出来る限りの努力をするべきだとしている。
こうした予防原則の立場に立つ研究者の見解は、硬直した推論を重ねる中西氏の言説に比べて確かな説得力を持っているように思われる。

5) コスト便益分析の失敗事例
 すでに述べたようにリスク便益分析はコスト便益分析の一種であると考えても良いことは、リスク学派の人々も認めている。そこで、コスト便益分析の失敗事例として前節でふれたアメリカにおける自動車排ガス規制を挙げて、リスク便益分析の欠点を明らかにしておきたい。

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